ちょっと話題としては古いが、欧米を中心にケモノ文化に対するバッシングが続いている。その動きは日本国内にも波及しつつあり、他人事ともいえない。
問題の中心になっているのはケモショタ(少年体型のケモノキャラ)に対するポリティカルコレクトネスであるようだ。(今回は詳しくは取り上げない)
なぜ今になってこんなに問題となっているのだろうか。ケモノ文化がそれだけ大きくなったからだと考えるのが一番シンプルだろうが、今回は文化の構造からケモノ文化のこれまでとこれからを簡単に考えてみたい。
(参考記事)外人ポリコレケモナー、日本人ケモナーを18禁ケモショタを理由に集団ハラスメント。それを米国の法律で正当化しようとする。
サブカルチャーの立場の変化
20世紀後半に文化はメインカルチャーとサブカルチャーに分類された。
メインカルチャーとは大衆に広く共有されている文化を指し、それ以外をサブカルチャーと呼んで比較した。
サブカルチャーはメインカルチャーに対する批評的な側面を持つことがあり、カウンターカルチャーとも呼ばれた。
もちろんケモノ文化はサブカルチャーの一つとして、発展をしてきた。
ケモノというマイノリティを好む集団としての側面はもちろん、セクシャルマイノリティに対するカウンターカルチャー的な姿勢もあっただろう。
それが21世紀に入り、個人主義の台頭による趣味の多様化、インターネットの普及による機会の均質化などによって、サブカルチャーの立場が変わってきた。
それはサブカルチャーがメインカルチャーになったという話ではなく、メインカルチャーとサブカルチャーの境界が曖昧になった結果、対等な存在となったということである。
ケモノ文化のこれから
ケモノ文化がサブカルチャーとして扱われなくなったことで、他の文化や文脈から批評を浴びることになる。
その一つが今回のようなバッシングだと考えることもできる。
実際、地上波テレビなどのメディアでケモノが取り上げられることは増えてきており、ケモノ文化側からポジティブネガティブ双方の反応が見られる。
しかしながら、サブカルチャーの立ち位置が前述のように変わってきていることを考えると、今後もケモノ文化が世間の目にさらされ、様々な批評を浴びることは避けられない。
ぼくらはその覚悟を持たないといけないだろう。